amor mundi

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Politik ist angewandte Liebe zur Welt.
"Vor drei Wochen, kurz vor seinem 75. Geburtstag, sprach Johannes Rau mit dem Rundfunk-Sender Radio Wuppertal. Es war sein letztes Interview:

Rau hat gesagt, da habe ich gelernt, daß Politik, wie das Hannah Arendt immer gesagt hat, angewandte Liebe zur Welt ist. Also nicht eigene Karriere, sondern Ziele haben, vorgeben, durchsetzen, dabei die Menschen mitnehmen - das war immer mein Prinzip."
von WELT ONLINE(http://www.welt.de/print-wams/article137885/Politik_ist_angewandte_Liebe_zur_Welt.html)


Johannes Rau(1931-2006) war ein deutscher Politiker und von 1999 bis 2004 der achte Bundespräsident der Bundesrepublik Deutschland. Damals hat er manchmal diesen Denken gesagt. (z.B. http://hannaharendt.net/documents/baldwinII.html)

Ich denke auch, Politik (für Hannah Arendt) ist Liebe zur Welt, d.h. amor mundi. Es ist wichtig, Menschen, seine Denken, vielverschiedene Kultur, Vielfalt auf der Erde zu lieben, wenn man mit anderem Menschen zusammen leben. Der Krieg zeigt nur das Versäumnis von der gegenseitige Diplomatie oder Verstehen.
| 05:04 | world | comments(0) | trackbacks(0) |

 いとしいとしといふこころ
(=愛し愛しと言う心)

「愛し」は「糸」と掛けられており、2つの「糸」のあいだに「言」を挟み、その下に「心」を入れることで「恋」の旧字体「戀」が出来上がる。
 他にも種類はあるけれど、まだ旧字体が使われていた頃、子どもたちが漢字を覚えるのに詠われていたものの一つ。戦後の文字改革によって、「戀」「櫻」「藝」など、今はもう目に付かなくなってしまった漢字は勿論、こういった伝統が廃れてゆくのもまた寂しいなぁと思います。


 文字改革はかなり昔から政に持ち出されていました。
 例えば1866年には前島密によって漢字廃止が、時の将軍徳川慶喜に提案されているし、1946年には志賀直哉が日本語に変えてフランスを公用語にしてはどうかと公言している。そして同年、GHQによって漢字全廃に向け、まずは当用漢字(当面は用いることが認められた漢字)が定められた。これは後に常用漢字と名を改められ、今に至っている。というのも、GHQの試験によって日本人の識字率の高さが証明されたから、という理由があるらしい。日本では分け隔てなく、寺子屋にて子女が読み書きそろばんを習うことが出来た。逆を言えば、欧米諸国には奇異に映った、ということは、当時の欧米諸国における読み書きの差別化が見て取れる。
 ともかく今なお日本人は日本語を使い、文字も世に珍しく3種類(漢字、カタカナ、ひらがな)を使い分けている。


 いとしいとしといふこころ

 この詩が、1文字の漢字になるだなんて。趣深い、粋な言語だなぁと感心してしまう。

 いとしいとしのわがことば

| 06:14 | world | comments(0) | trackbacks(0) |
赤線

 Youtubeで「Quincy Jones」を検索していたら、出会った「愛のコリーダ」。気づけば映画『愛のコリーダ』の予告編に続いていた。
 『愛のコリーダ(1976)』は阿部定事件をモデルにした映画。阿部定さんを扱った映画としては、他に黒木瞳さん主演の『SADA(1998)』、最近だと杉本彩さん主演の『JOHNEN 定の愛(2008)』があるけれど、この映画の迫力と日本のもつ独特な濃さが滲んでいて素敵。

 けれど、それ以上に興味をそそったのが、赤線。1958年4月1日から売春防止法が施行されたため、それまで、公認で売春が行なわれた地域を囲うものだとか。逆に青線は非公認の地域を囲っていた。そもそも戦前から、遊郭のある地域は警察によって赤線地区とされていた。それが1946年に入り、GHQによって公娼制度が廃止されたのが皮切りに、貸座敷や遊郭はどんどんと風俗店やカフェ、料亭という名に変更。それらも売春防止法により、全てが廃業した。そのため赤線は今では旧赤線とも呼ばれている。
 その一方で青線は未だに存在しており、歓楽街を指す言葉でもある。

 江戸時代の吉原は有名、安野モヨコさんによる『さくらん』や時代劇だし、第二次世界大戦後も娼婦が存在していたことは知っていた。実際GHQ、在日米軍を相手にするパンパン(・ガール)は『百年の物語』で永作博美さんが演じていた(はず)。それにしても、調べてみたら1945年8月、つまり敗戦直後には日本によるGHQのための特殊慰安施設協会が設立され、フランクリン・ルーズベルトさんの奥様エノレアさんによる反対がある1946年1月まで運営されたんだっていうから驚き。これについては『戦後50年特別企画 女たちの戦争 忘れられた戦後史 進駐軍慰安命令(1995)』に詳しい。
 江戸時代、日本人は性にオープンだった、と肯定的な意見は聞いたことがあるけれど、これは明らかに違う意味だ。どうして下手に弱者としてしか人と向き合うことが出来なかったのか。残念でならない。


 今でも旧赤線内には当時の建物が残っているらしい。例えば、東京の神楽坂、京都の五条。島原の大門。大正時代の和洋折衷の建物として、阿部定さんが一時働いていたというのが丹波篠山の遊郭「京口新地(大正楼)」も未だ健在。
 歴史自体には良いも悪いもない。建物自体にも良いも悪いもない。ただ、当時にしか作れないものが、時を経た今も残っていることが個人的には嬉しい。

| 22:02 | world | comments(0) | trackbacks(0) |
物語り

 2007年。宮城県の、ある学校の先生が、修学旅行の引率で沖縄へ行き、ある語り部に出会いました。
 彼女は、第二次世界大戦中、兵士を預かる家で暮らしていました。兵士たちは、銃の学校へ通うため、彼女の家に下宿していたのです。その中の一人、宮城県出身の青年は、その家で当時まだ幼かった彼女と交流を持ちました。というのも、青年には故郷に、彼女と同じくらいの年の妹たちがいたからでした。
 「懐かしかったのでしょう。彼はとても優しくしてくれました」
と、後に彼女が語るように、23日という短い間に、彼らは交流を深めました。
 そのため、宮城県から修学旅行生が来たとき、彼女は「もし青年にもう一度会えるのならば、よくしてもらったお礼がしたい」と、その引率の先生に青年を探してくれるよう願い出たのです。

 2009年の春、定年により学校を退職した先生は、東京に出向き、一年に一度だけ一般公開される靖国神社の名簿から青年の名を見つけ、その青年が亡くなっていること、その住まいが自分が今まで働いていた学校の近くにあることを知りました。先生は、それを彼女に知らせ、自ら青年の父親の家へと電話をかけました。
 一方、彼女は、語り部の仕事で、東京のとある大学へ行く機会をもち、そこで出会った宮城県出身の学生に、青年の家族に宛てて書いた手紙を託します。手紙を預かった学生、その父、そして先生は、すべてを青年の家族のもとに届けました。

 そして2010年の秋。先生は、彼女を宮城県に招き、講演会を開催しました。講演後、彼女はその足で、青年の家族のもとへ。彼女は初めて、青年の妹、私の祖母と対面したのです。



 人と人のつながりって凄く強いんだなと思います。祖母のお兄さんを思った彼女も、その彼女の意を汲んで奔走した先生も、偶然出会ったのにしっかり手紙を届けた学生も、そのお父さんも、そしてそれを受け入れた祖母も。
 1945年の沖縄戦で亡くなった、祖母のお兄さん。私は家にある遺影でしかその姿を見たことはないけれど、帰省時やお盆のお参りだけでなく、彼の話を何度か耳にするせいか、過去のご先祖様とは一緒くたに出来ないだけの近しさは感じるのです。

 人は語られることで、この世界から去った後も、人の心の中に、そして世界に残ることが出来る。そう実感させられます。ご先祖様を、先人を大事にするっていうのは、単に伝統とか過去を守るためじゃなくて、それに付随する物語を繋いで今に続けるためなんじゃないかなって、お墓参りをしなかった今年、考えました。一人の物語を、時代の物語を、聞いて、語って、未来に繋げる。人は今いる人だけじゃなくて、過去の人とも、未来の人とも繋がることが出来る。
 それって、すごく素敵なこと。
 今見れるもの、今聞けるもの、今あるものだけが大事なんじゃない。過去あったもの、未来あるであろうものも、同じくらい大事。そしたら、人は物語から学んだ色んな視点を、今に生かすことが出来る。
 だから何よりも、その物語に耳を澄まし、自らも語り、そして物語が生きることの出来る世界を大事にしたい。そんなことを、教えてもらいました。

| 21:14 | world | comments(0) | trackbacks(0) |
住民税

 フランスに留学している先輩からの質問。
「ドイツの学生は住民税を支払う義務があるのか、ないのか」
 というのも、フランスでは毎年1月1日に住民税を納めるらしい。特にパリは住宅事情が悪いとのことで、学生の多くは寮ではなくアパート暮らしをしていて、(寮は対象外の可能性があるけれど、)住民税も払う。
 一方のドイツはというと…留学生から住民税に関する話は聞いたことがなかったけれど、ドイツに来る交換留学生は特別な理由がない限りは大抵の人が寮で暮らすことが出来る。私の暮らす街も学生があまりに多いために慢性的な住宅不足とは言われているものの、友達の伝を使えば1月ほどで空き部屋にたどり着くことが出来る。私費留学生はWG(Wohngemeinschaft)、まぁシェアルームで他の学生と一緒に住む人が多いのかな。各人が個室をもち、キッチン、バス、トイレを共有するスタイルで、学生はこれが一般的。

 で、住民税。私には分からんとドイツ人学生に聞いてみた。彼女曰く、学生に払う義務はないとのこと。私も払ったことないわ、って。ドイツは色々な面で学生に手厚い保護を用意してくれているからこそなのかな、と思ったり。いやぁ、一安心。

| 20:59 | world | comments(0) | trackbacks(0) |
華厳経

 2009年06月03日「華厳経 壮大なる宇宙論(お経巡礼、NHK)」より。


 峰倉かずやさんの『最遊記』には、「無一物」という単語が出てくる。で、これをきっかけに仏教や禅宗について調べ始め、それ以来、本屋さんでも新聞のテレビ欄でも目に付くと気になってしまう。キリスト教やイスラム教がこことは違う神世界との対比で現世を語るのに対し、仏教や禅宗は本当に現世利益を追及した合理的な教えだと思う。現世に苦しみがあるのは何かに執着するからであり、その執着を捨てれば心が軽くなる。けれど人間は簡単には執着を捨てきれないから、頭で考えるだけでなくお経を唱えたり禅を組んだりしてみましょうと言うのだから至ってシンプルだ。

 執着しないという考えの一つ、「無一物」とは禅宗僧の慧能(638-713)が『六祖壇経』で言っている。
 人間も動物も植物も鉱物も、それぞれがそれぞれの意思や節理に則って生きている。種としても個人としても異なる存在だからこそ、自分の思い通りになるものなどない。美味しいお米を作りたくても天気が自分の思うとおりに変化してくれるわけでもない。動物や虫が地を荒らす場合もある。稲が病気にかかることもある。
 また思うとおりになっているような気がしている自分と言う存在でさえ、本当は思うとおりにはならないのである。寝ているあいだも心臓は動き続ける。時には頭で考えていたのとは違う行動をしてしまう。
 つまりあらゆるものは自分の思うとおりになるわけではなく、思うとおりにしようとする執着こそが自分を苦しめている、ということらしい。


 で、番組のメインは華厳宗。これは奈良時代に東大寺を中心に研究・繁栄をした。当時、聖武天皇は人々が互いに支え合えるように、日本を一つにする国策として国分寺を日本各地に築いた。そのうちの一つが私の家の近所にもある。風土習慣は違うけど、同じ「物語」(この場合は華厳宗の教え)を共有することは身内意識を作ることにもなるっていう策があったのかな。
 さて、この華厳とは「雑華厳浄」に由来するらしく、その意味は「仏を華で飾り浄める」ことを意味するという。広辞苑によれば「菩薩の一切の修行が成就した徳を華にたとえ、それによって仏の世界を荘厳すること」であり、人間が華厳宗の教えを修めることに主眼がおかれているかのようであるが、解説者のひろさちや氏が松尾芭蕉の歌を引くことで存在の多様性へと導かれていることが面白い。

 草いろいろ おのおの花の 手柄かな

 あらゆる草花がそれぞれの持ち味を生かすからこそ原っぱは美しい。それと同じように、あらゆる人間がそれぞれの持ち味を存分に現わしてこそ世界は美しくなる。そのような方向を持つからこそ、華厳宗の現在に開かれ繋がっている状況が伝わる。
 今回の放映ではその華厳宗の基本思想として「宝珠の網」の説明がされた。アーレントやジンメルが人間関係を網の目と捉えたように、宝珠とは存在を意味し世界の連関を指している。これは西田幾多郎がよく用いた「一即多 多即一」の言い変えであり、個人とは即ち世間であり、人類であり、世界であり、文化であり、全体であることを示している。個人には全体が反映され、全体には個人が反映される。
 だからこそ聖武天皇は国策に華厳宗の教えを取り入れ、共に生きるための共有の「物語」として用いたんじゃないのかなと思った。

| 23:39 | world | comments(0) | trackbacks(0) |
村上春樹「イエルサレム賞」スピーチ

 2009年2月15日、村上春樹さんがイスラエル最高の文学賞、エルサレム賞を受賞。そこで村上さんが話したスピーチを、先日友人がわざわざコピーして持って来てくれた。「akiに読ませたいって思って」って。そんなこと言われたら、嬉しくなって、苦手な英語も読めるってものさ。

※以下の英文は村上春樹さんが講演を終えたあと共同通信エルサレム支局の長谷川健司特派員(支局長)がエルサレム賞主催者から提供を受けたテキストが基になっています。しかし、実際の講演はこれに少し修正が加えられていました。当日、長谷川特派員が授賞式会場の取材で録音したレコーダーを聞きなおし、実際に村上さんが話した通りに再現したものです。(47NEWS編集部より)

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“Jerusalem Prize” Remarks

Good evening. I have come to Jerusalem today as a novelist, which is to say as a professional spinner of lies.
Of course, novelists are not the only ones who tell lies. Politicians do it, too, as we all know. Diplomats and generals tell their own kinds of lies on occasion, as do used car salesmen, butchers and builders. The lies of novelists differ from others, however, in that no one criticizes the novelist as immoral for telling lies. Indeed, the bigger and better his lies and the more ingeniously he creates them, the more he is likely to be praised by the public and the critics. Why should that be?

My answer would be this: namely, that by telling skilful lies--which is to say, by making up fictions that appear to be true--the novelist can bring a truth out to a new place and shine a new light on it. In most cases, it is virtually impossible to grasp a truth in its original form and depict it accurately. This is why we try to grab its tail by luring the truth from its hiding place, transferring it to a fictional location, and replacing it with a fictional form. In order to accomplish this, however, we first have to clarify where the truth-lies within us, within ourselves. This is an important qualification for making up good lies.

Today, however, I have no intention of lying. I will try to be as honest as I can. There are only a few days in the year when I do not engage in telling lies, and today happens to be one of them.
So let me tell you the truth. In Japan a fair number of people advised me not to come here to accept the Jerusalem Prize. Some even warned me they would instigate a boycott of my books if I came. The reason for this, of course, was the fierce fighting that was raging in Gaza. The U.N. reported that more than a thousand people had lost their lives in the blockaded city of Gaza, many of them unarmed citizens--children and old people.

Any number of times after receiving notice of the award, I asked myself whether traveling to Israel at a time like this and accepting a literary prize was the proper thing to do, whether this would create the impression that I supported one side in the conflict, that I endorsed the policies of a nation that chose to unleash its overwhelming military power. Neither, of course, do I wish to see my books subjected to a boycott.
Finally, however, after careful consideration, I made up my mind to come here. One reason for my decision was that all too many people advised me not to do it. Perhaps, like many other novelists, I tend to do the exact opposite of what I am told. If people are telling me-- and especially if they are warning me-- “Don’t go there,” “Don’t do that,” I tend to want to “go there” and “do that”. It’s in my nature, you might say, as a novelist. Novelists are a special breed. They cannot genuinely trust anything they have not seen with their own eyes or touched with their own hands.
And that is why I am here. I chose to come here rather than stay away. I chose to see for myself rather than not to see. I chose to speak to you rather than to say nothing.

Please do allow me to deliver a message, one very personal message. It is something that I always keep in mind while I am writing fiction. I have never gone so far as to write it on a piece of paper and paste it to the wall: rather, it is carved into the wall of my mind, and it goes something like this:

“Between a high, solid wall and an egg that breaks against it, I will always stand on the side of the egg.”

Yes, no matter how right the wall may be and how wrong the egg, I will stand with the egg. Someone else will have to decide what is right and what is wrong; perhaps time or history will do it. But if there were a novelist who, for whatever reason, wrote works standing with the wall, of what value would such works be?
What is the meaning of this metaphor? In some cases, it is all too simple and clear. Bombers and tanks and rockets and white phosphorus shells are that high wall. The eggs are the unarmed civilians who are crushed and burned and shot by them. This is one meaning of the metaphor.

But this is not all. It carries a deeper meaning. Think of it this way. Each of us is, more or less, an egg. Each of us is a unique, irreplaceable soul enclosed in a fragile shell. This is true of me, and it is true of each of you. And each of us, to a greater or lesser degree, is confronting a high, solid wall. The wall has a name: it is “The System.” The System is supposed to protect us, but sometimes it takes on a life of its own, and then it begins to kill us and cause us to kill others--coldly, efficiently, systematically.

I have only one reason to write novels, and that is to bring the dignity of the individual soul to the surface and shine a light upon it. The purpose of a story is to sound an alarm, to keep a light trained on the System in order to prevent it from tangling our souls in its web and demeaning them. I truly believe it is the novelist’s job to keep trying to clarify the uniqueness of each individual soul by writing stories--stories of life and death, stories of love, stories that make people cry and quake with fear and shake with laughter. This is why we go on, day after day, concocting fictions with utter seriousness.

My father passed away last year at the age of ninety. He was a retired teacher and a part-time Buddhist priest. When he was in graduate school in Kyoto, he was drafted into the army and sent to fight in China. As a child born after the war, I used to see him every morning before breakfast offering up long, deeply-felt prayers at the small Buddhist altar in our house. One time I asked him why he did this, and he told me he was praying for the people who had died in the battlefield. He was praying for all the people who died, he said, both ally and enemy alike. Staring at his back as he knelt at the altar, I seemed to feel the shadow of death hovering around him.
My father died, and with him he took his memories, memories that I can never know. But the presence of death that lurked about him remains in my own memory. It is one of the few things I carry on from him, and one of the most important.

I have only one thing I hope to convey to you today. We are all human beings, individuals transcending nationality and race and religion, and we are all fragile eggs faced with a solid wall called The System. To all appearances, we have no hope of winning. The wall is too high, too strong--and too cold. If we have any hope of victory at all, it will have to come from our believing in the utter uniqueness and irreplaceability of our own and others’ souls and from our believing in the warmth we gain by joining souls together.
Take a moment to think about this. Each of us possesses a tangible, living soul. The System has no such thing. We must not allow the System to exploit us. We must not allow the System to take on a life of its own. The System did not make us: we made the System.
That is all I have to say to you.

I am grateful to have been awarded the Jerusalem Prize. I am grateful that my books are being read by people in many parts of the world. And I would like to express my gratitude to the readers in Israel. You are the biggest reason why I am here. And I hope we are sharing something, something very meaningful. And I am glad to have had the opportunity to speak to you here today. Thank you very much.

(by.47NEWS http://www.47news.jp/47topics/e/93880.php)


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「イエルサレム賞」コメント


 こんばんは。私は今日、嘘の専門家と呼ばれる小説家としてイエルサレムに来ました。
 もちろん、小説家が嘘をつく唯一の存在ではありません。皆さんもご存じのとおり、政治家もつきます。外交官も軍司令官も、時折彼らなりの嘘をつきますし、中古車セールスマンや肉屋、画家もついているものです。けれども小説家の嘘は、それを述べても悪いことだと非難されないという点において他の人々とは異ります。事実、小説家の嘘がより大きくより上手であり、またより巧妙に作り出されていればいるほど、小説家は世の人々や批評家から称賛されるものです。それはなぜでしょうか?

 私の答えはこうです。すなわち、巧みな嘘をつくことによって、−つまり真実を表すためにフィクションを作り上げることによって、−小説家は真実を新たな場所へと連れ出すことが出来て、新たな光をそこに充てることが可能だからです。多くの場合、実際には真実をそれ独自の形のままつかむこと、また厳密に叙述することは不可能です。これこそ私が真実をフィクションの視座へ翻訳し、フィクションの形態に置き換えることによって、隠された場所から真実を誘い出すことでそのしっぽを掴もうと試みる理由です。けれどもこれを成すためには、私たちはまず真実が私たちの、私たち自身の中のどこに眠っているかを明らかにしなければなりません。

 けれども今日、私は嘘をつくつもりはありません。私は出来得る限り正直でいようと思います。嘘をつかない日々が年に数日あるわけですが、今日はたまたまその日に当たるのです。そこで、どうかあなた方に真実を話すことを許してください。日本ではかなり多くの人々が私にイエルサレム賞を受けにここへは来ない方が良いと勧めました。また幾人かは、もしイエルサレムへ来たならば私の著書購買のボイコットをすると警告さえしました。
 その理由はもちろんガザで荒れ狂う激しい戦闘です。アメリカはガザ封鎖都市で千人を超える人々が命を落としたと伝えました。彼らの多くが非武装市民−つまり子供やお年寄りであったことも。

 受賞の知らせを聞いたあと何度か、私は自問しました。このような時にイスラエルへ旅立ち、文学賞を受けることが行うに妥当なことかどうかを。この行動が私が戦いのある一面を支援したり、抗いがたい軍事力からの解放を欲する国家の政治を支持しているかのような印象を生みだしてしまうのではないかどうかを。当然、私は自分の著書がボイコットされたいわけではありません。
 けれども、結局熟考の末、私はここへ来る決意をしました。その決心の一つの理由は、あまりに多くの人々がそうしないよう私に忠告したせいです。おそらく多くの他の小説家と同様に、私も言われたこととは全く反対の行動を起こしがちです。もし人々が私に対し「そこへは行くな」「それをするな」と言ったならば−とりわけ、それが警告ならば−、私は「そこへ行こう」「そうしよう」と思ってしまう性質なのです。小説家は自分の目で見ておらず、自分の手で触ってもいないものを心から信じることは出来ません。
 これが私がここにいる理由です。私は離れた所にいるよりも、ここに来る事を選びました。私はそれを見ないことよりも、自分のために見つめることを選びました。私は何も発言しないことよりも、あなた方に語りかけることを選びました。

 そこで、メッセージを、まさに個人的なメッセージを伝えることを私にお許しください。それは私がフィクションを書いている間、常に気に留めている事柄です。紙片にそれを書いて、壁に打ち付けているわけではありません。むしろ、それは私の心の壁に刻まれている、次のような事柄なのです。

「高く堅い壁とそれにぶつけられた卵を選ぶならば、私は常に卵の側に立とう」
 
 そう。どんなに壁が正しくて、卵が間違っていようとも、私は卵の側に立つでしょう。他の誰かは何が正しくて何が間違っているのかを決めなければならないものです。おそらく時間や歴史がそれを定めるのでしょう。もし、どんな理由であれ、壁の側に立ち作品を書くのが小説家ならば、そのような仕事にどんな価値があるのでしょうか?
 この比喩の意味は何でしょう?ある場合には、それはあまりに簡単で明確です。爆弾や戦車、ロケット砲に白リン弾が、その高い壁です。それによって潰され、燃やされ、撃たれる非武装市民が、その卵なのです。これは比喩のある一つの考えです。

 けれど、これが全てではありません。それはより深い意味を伝えているのです。このように考えてみましょう。私たちの一人ひとりが、多かれ少なかれ卵なのです。私たち全員が、脆い殻に包まれた独自的で代替不可能な人間です。これは私の真実であり、あなた方一人ひとりの真実です、私たち全員が程度の差はあれ、高く堅い壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。システム(制度)という名前を。システムは私たちを守るためのものですが、時としてそれ自身の命を帯び、私たちを殺し始め、他の者を殺すよう私たちに働きかけます。冷酷に、効率よく、そしてシステムティックに。

 私には小説を書く理由がたった一つだけあります。それは個人の魂の尊厳を表出し、それに光を当てることです。物語の目的は警鐘に聞こえるべきであり、光をシステムに当て続けるべきでもあります。それは私たちの魂がシステムの網の目に絡み取られ、卑しめられるのを防ぐためです。私は心から信じています。生死の物語や愛の物語、人々の涙を誘い、恐れに身を震わせ、笑いに身をよじらせるような物語−そのような物語を書くことによって、個々人の魂の独自性を明らかにし続けることが小説家の仕事であるのだと。これが私が来る日も来る日も至って真面目にフィクションを作り上げ続ける理由なのです。

 私の父は昨年90歳で亡くなりました。彼は元教師で、非常勤の仏僧でした。彼が京都で学校を卒業すると、徴兵され、中国へと戦うため送られました。戦後子供が生まれ、彼が毎朝食前に我が家の小さな紙だなに長く情の籠った祈りを捧げるのを見てきました。一度、なぜそうするのかを尋ねたことがあります。彼は私に言いました。戦場で亡くなった人びとのために祈っているのだと。
 彼曰く敵も味方も同様に、彼は亡くなった全ての人々のために祈っていました。寝台に跪く彼の背中を凝視しながら、私は彼の周りをうろつく死の影を感じていたように思います。

 私が今日あなた方に伝わる様望んでいることがたった一つあります。私たちは皆全て人類で、国家や人種、宗教を超えた個人で、システムという名の堅い壁に直面した脆い卵です。どう見ても、私たちに勝ち目はありません。壁は高すぎて、強すぎて、−あまりに冷酷すぎます。もし私たちが少しでも勝つ見込みを持っているとすれば、それは私たち及び他者の魂における全くの独自性と代替不可能性を信じること、そして魂を共にすることで得る温かさからに違いない。

 これについて少し考えてみてください。私た地のだれもがはっきりと生きた魂を持っています。システムはそのような存在ではありません。私たちはシステムに搾取されることを良しとしてはいけません。私たちはシステムが自身の命をもつことを許してはなりません。システムが私たちをつくったのではありません。私たちがシステムを作ったのです。
 これが私があなた方に言わなければならないことの全てです。

 イエルサレム賞を頂き、感謝いたします。また私の書著が世界の多くの地で読まれていることをありがたく思います。そしてイスラエルの読者に私の謝意を表したいと思います。あなた方は私がここにいることの最大の理由です。私たちがあることを、まさに意義のあることを共に得ることを望んでいます。今日ここであなた方に話す機会を得たことが嬉しくてたまりません。ありがとうございました。

| 00:34 | world | comments(0) | trackbacks(0) |
9.11
 終戦記念日。何を思う。
 彼を思う。沖縄で戦死した祖母の兄を。
 彼女を思う。ニューヨークで今も探す恋人の姿を。
 友を思う。イラクで爆撃に怯える小さな子供を。
 
 愛を思う。存在しているものではないから、私たちが生み出さずにいれば、いつか消えてなくなるのそれを。


『ワールド・トレード・センター』
『セプテンバー・テープ』
『ユナイテッド93』

 9.11にまつわる映画が数多く上映される。戦う全ての人には守りたい人がいて、敵であっても、見方であっても、只の人。
 どうして人は愛し合えないんだろう。別に、みとめ合うだけでいいのに。自分とは違う人がいるんだって。それはイコール敵には繋がらないんだって。愛は強要できないから。
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