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to Türkiye Cumhuriyeti

 イスタンブールとカッパドキアへ

 人口:74,816,000
 面積:
780,580km²
 通貨:トルコリラ(TRY) ※1ユーロ=1.77トルコリラ


 8月12〜15日に大学時代の友人と連れ立って、トルコ旅行を決行。なんと往復とも飛行機は深夜便というハードスケジュール。(最近格安会社だとトルコで有名なPegasus Airlinesを利用。サビハ・ギョッケンというイスタンブールのアジア側にある空港を経由し、カイセリ空港へ。片道150ユーロ)加えて彼女は1日に3便の飛行機を利用し、日本からドイツに入国してすぐトルコへ出国するという慌しさ。詰め過ぎちゃって、ごめんね。

 メルハバー、着いたよカッパドキア!約3000万年前に3つの火山が同時噴火し、その時の溶岩と火山灰によって奇形した土地に、3世紀半ば古代ローマの弾圧から逃れてきたキリスト教徒達が隠れ住んだのが洞窟住居の始まりらしい。写真中央に見えるたけのこのような岩や、写真にはないけれどえのきのような岩がにょきにょきと大地から突き出ている様子は見るだけでも圧巻もの。岩は現地でチムニーと呼ばれている。あら、可愛らしいネーミングだこと。傾斜の急な谷やチムニーの住居、教会、ホテル(洞窟ホテルに宿泊。とっても豪華で、なんとジャグジー風呂付き!!55ユーロ)、その間に少しだけ覘くことの出来る木々。何処を見ても、にょきにょき。乾燥地帯なので日中はかなり日差しが痛いけれど、チムニーの中は10〜15度に常に保たれ過ごし易くなっている。先人の知恵ですなぁ。
 チムニーの風化や戦火に脅かされるようになる1950年代まで、多くの人々がこのチムニーを掘り、暮らしていたと聞く。もちろん今でも、少ないながらも住人はいるとのこと。
 で、ここの広さといったら!!ぐるり360度、本当に雄大な景色が視界を埋め尽くす。それを翌朝、気球に乗って上空から見ることが出来た。(150ユーロ)その日は、30近い気球が上がっていた。朝4時半集合だと言うのに、(私が時差を考えず目覚ましをセットしたので、危うく遅刻してしまうところろだった…、)多くの観光客の皆さんと朝日まで望むことが出来る。世界は本当に広く、多様だ。
 その後一旦朝食を摂りにホテルに戻った後、今度はレッドバリーという谷まで徒歩で延々歩き、どろどろに疲れてしまったので、13日はバスツアーに参加(80トルコリラ)。ガイドさんの案内のもと、ポトリー(壷)工房に絨毯作り、ウチヒサル城、Open Air Museumへ。博物館では多くのフレスコ画が残された教会を見ることが出来た。ここで今まで抱いていた謎がやっと解明。
 というのも、レッドバリーを歩いているとき見たチムニーは、どれも2階、3階があるのにも拘らず、階を上がる道具が見当たらなかった。「どうやって住民は2階に上がっていたのか?」と私たちはうーんうーん言っていたわけ。以前は紐が垂らされていたか、梯子が掛けられていたかと予想だったけど…

 なんと裏技、ロッククライミング!!よく壁面を見てみると、確かに手足を掛けられそうな穴が!!(中には風化して穴が無くなってしまっているものもありんだけどね)そこで大阪出身のバス同乗者の方が一言。「昔の人はみんな細マッチョやったんやなー」体力を要するし、太すぎると上れない。うーん、日常が冒険かぁ。傾斜の少ない壁面を素手で登るんだものね。
 その後お昼ごはんへ。折角のトルコ料理だったのに、名前が分からず…なすにお米が詰められたていて美味しかったなぁ。ガイドのお姉さんはラマダン中のため、ドリンクのみ。またレストランの窓からは、金曜日のため一斉にモスクへ集まる人々の姿やアザーン(イスラムの礼拝の刻限を知らせる呼びかけ)を見聞きすることが出来た。


 さぁ、イスタンブールへ。夜行バスは予約せずとも、すぐにインフォメーションで見つけることが出来る。ちなみに私たちが乗ったバスはHavas(13TRY)。起きて着いたら目の前には中央駅!!タクシーもずらりと待ち構えてるけど、無料の市内バスが出ているからブルーモスクやバザールに行きたいならこちらがオススメ。

 イスタンブールの旧市街は見所がいっぱい。なんと言ってもモスクは数えただけでも9つあるし、アヤソフィア(ビザンティン建築の最高峰と名高い、東方正教会の総本山)やトプカプ宮殿&ハーレム(15〜19世紀に使用されていたスルタンの住居。オーディオガイド日本語版もあり20トルコリラ。それぞれ建物内には15トルコリラの入場料が必要)、グランバザール等など。
 1日で全て回りきれるかと心配もしたけれど、スタートが8時だったため夕方には空港までのバスが出る新市街へと向かうことが出来た。そんなに慌てたわけでもないんだけどね。サビハ・ギョッケン空港はイスタンブールで有名なアタトュルク空港とは違いマイナーな方なので、ちょっとご用心。帰りはCondor/Sun Expressで。片道163ユーロ。
 何処のレストランに行っても思うこと、それはウェイターが男性ばっかりということ。やっぱり女性はまだ働く場が少ないのかなぁ。

 そして夜。サビハ・ギョッケン飛行場へ向かうバスを探している途中、ものものしい雰囲気の警察官、及びパトカー、バスの数々を見かけた。友人とは笑いながら「私達守られてるねー」などと話していたけれど…今日ニュースを見たところ、アルカーイダ組織に属すると思われる人からトルコに対し、ネットで音声表明されていたらしい。まさに昨日。今2人で慄いています。無知って怖いわ。
 実際、安全な社会や人懐こい人々、魅力的な文化を見てきたからこそ、ヨーロッパとアジアのあいだのトルコが、未だに左右の危ういバランスの上に立っているであろう情況が長い歴史の上に続いているものなのだと実感させられた。EUに加盟するにも、イスラム教国家を支援するにも、あいだを取るということは自立していなければいけないわけで、だからといって敵味方関係をくっきり区別して付き合うことが中立ともいえず、けれど孤立しては生きていけないので、絶対的な正解のない模索の道が長い間続き、今後も考え続けなければならないのだろうな。それはトルコだけの問題ではないのだけれど。

 そんな事を胸に、ヨーロッパ側の陸地にあるガラタ橋からアジア側のの陸地を見つめていたとき、思い浮かんだのは谷川さんの詩『朝のリレー』。太陽が鮮やかに輝く、夕方だった。


 「カムチャッカの若者が
  きりんの夢を見ているとき
  メキシコの娘は
  朝もやの中でバスを待っている
  ニューヨークの少女が
  ほほえみながら寝がえりをうつとき
  ローマの少年は
  柱頭を染める朝陽にウインクする
  この地球では
  いつもどこかで朝がはじまっている

  ぼくらは朝をリレーするのだ
  経度から経度へと
  そうしていわば交替で地球を守る
  眠る前のひととき耳をすますと
  どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
  それはあなたの送った朝を
  誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ」
  (谷川俊太郎『これが私の優しさです』集英社文庫より)

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