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物語り

 2007年。宮城県の、ある学校の先生が、修学旅行の引率で沖縄へ行き、ある語り部に出会いました。
 彼女は、第二次世界大戦中、兵士を預かる家で暮らしていました。兵士たちは、銃の学校へ通うため、彼女の家に下宿していたのです。その中の一人、宮城県出身の青年は、その家で当時まだ幼かった彼女と交流を持ちました。というのも、青年には故郷に、彼女と同じくらいの年の妹たちがいたからでした。
 「懐かしかったのでしょう。彼はとても優しくしてくれました」
と、後に彼女が語るように、23日という短い間に、彼らは交流を深めました。
 そのため、宮城県から修学旅行生が来たとき、彼女は「もし青年にもう一度会えるのならば、よくしてもらったお礼がしたい」と、その引率の先生に青年を探してくれるよう願い出たのです。

 2009年の春、定年により学校を退職した先生は、東京に出向き、一年に一度だけ一般公開される靖国神社の名簿から青年の名を見つけ、その青年が亡くなっていること、その住まいが自分が今まで働いていた学校の近くにあることを知りました。先生は、それを彼女に知らせ、自ら青年の父親の家へと電話をかけました。
 一方、彼女は、語り部の仕事で、東京のとある大学へ行く機会をもち、そこで出会った宮城県出身の学生に、青年の家族に宛てて書いた手紙を託します。手紙を預かった学生、その父、そして先生は、すべてを青年の家族のもとに届けました。

 そして2010年の秋。先生は、彼女を宮城県に招き、講演会を開催しました。講演後、彼女はその足で、青年の家族のもとへ。彼女は初めて、青年の妹、私の祖母と対面したのです。



 人と人のつながりって凄く強いんだなと思います。祖母のお兄さんを思った彼女も、その彼女の意を汲んで奔走した先生も、偶然出会ったのにしっかり手紙を届けた学生も、そのお父さんも、そしてそれを受け入れた祖母も。
 1945年の沖縄戦で亡くなった、祖母のお兄さん。私は家にある遺影でしかその姿を見たことはないけれど、帰省時やお盆のお参りだけでなく、彼の話を何度か耳にするせいか、過去のご先祖様とは一緒くたに出来ないだけの近しさは感じるのです。

 人は語られることで、この世界から去った後も、人の心の中に、そして世界に残ることが出来る。そう実感させられます。ご先祖様を、先人を大事にするっていうのは、単に伝統とか過去を守るためじゃなくて、それに付随する物語を繋いで今に続けるためなんじゃないかなって、お墓参りをしなかった今年、考えました。一人の物語を、時代の物語を、聞いて、語って、未来に繋げる。人は今いる人だけじゃなくて、過去の人とも、未来の人とも繋がることが出来る。
 それって、すごく素敵なこと。
 今見れるもの、今聞けるもの、今あるものだけが大事なんじゃない。過去あったもの、未来あるであろうものも、同じくらい大事。そしたら、人は物語から学んだ色んな視点を、今に生かすことが出来る。
 だから何よりも、その物語に耳を澄まし、自らも語り、そして物語が生きることの出来る世界を大事にしたい。そんなことを、教えてもらいました。

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