amor mundi

| CALENDAR  ENTRY  COMMENT  CATEGORY
ARCHIVE  LINK  PROFILE  OTHERS  RECOMMEND
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| | - | - | - |
赤線

 Youtubeで「Quincy Jones」を検索していたら、出会った「愛のコリーダ」。気づけば映画『愛のコリーダ』の予告編に続いていた。
 『愛のコリーダ(1976)』は阿部定事件をモデルにした映画。阿部定さんを扱った映画としては、他に黒木瞳さん主演の『SADA(1998)』、最近だと杉本彩さん主演の『JOHNEN 定の愛(2008)』があるけれど、この映画の迫力と日本のもつ独特な濃さが滲んでいて素敵。

 けれど、それ以上に興味をそそったのが、赤線。1958年4月1日から売春防止法が施行されたため、それまで、公認で売春が行なわれた地域を囲うものだとか。逆に青線は非公認の地域を囲っていた。そもそも戦前から、遊郭のある地域は警察によって赤線地区とされていた。それが1946年に入り、GHQによって公娼制度が廃止されたのが皮切りに、貸座敷や遊郭はどんどんと風俗店やカフェ、料亭という名に変更。それらも売春防止法により、全てが廃業した。そのため赤線は今では旧赤線とも呼ばれている。
 その一方で青線は未だに存在しており、歓楽街を指す言葉でもある。

 江戸時代の吉原は有名、安野モヨコさんによる『さくらん』や時代劇だし、第二次世界大戦後も娼婦が存在していたことは知っていた。実際GHQ、在日米軍を相手にするパンパン(・ガール)は『百年の物語』で永作博美さんが演じていた(はず)。それにしても、調べてみたら1945年8月、つまり敗戦直後には日本によるGHQのための特殊慰安施設協会が設立され、フランクリン・ルーズベルトさんの奥様エノレアさんによる反対がある1946年1月まで運営されたんだっていうから驚き。これについては『戦後50年特別企画 女たちの戦争 忘れられた戦後史 進駐軍慰安命令(1995)』に詳しい。
 江戸時代、日本人は性にオープンだった、と肯定的な意見は聞いたことがあるけれど、これは明らかに違う意味だ。どうして下手に弱者としてしか人と向き合うことが出来なかったのか。残念でならない。


 今でも旧赤線内には当時の建物が残っているらしい。例えば、東京の神楽坂、京都の五条。島原の大門。大正時代の和洋折衷の建物として、阿部定さんが一時働いていたというのが丹波篠山の遊郭「京口新地(大正楼)」も未だ健在。
 歴史自体には良いも悪いもない。建物自体にも良いも悪いもない。ただ、当時にしか作れないものが、時を経た今も残っていることが個人的には嬉しい。

| 22:02 | world | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| 22:02 | - | - | - |
Comment








Trackback
この記事のトラックバックURL: トラックバック機能は終了しました。
<< NEW | TOP | OLD>>